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2023/12/07

チェンジニアとエンジニア

チェンジニア という揶揄がかつてありました。故障箇所の特定も行わず、当てずっぽうで「この辺だろう」と部品を交換・チェンジする、直らなければまた交換する、を繰り返すので「チェンジニア」。

 修理の仕事をはじめた頃は先輩から「チェンジニアになるな。エンジニアになれ」と言われておりました。
 一番良くないのは故障の再現、故障箇所、故障原因の特定もしないで、思い込み、予断でとりあえず部品交換してしまうこと。当てずっぽうで交換しているわけですから時間も部品代も無駄にかかります。

 こちらの記事を拝見しておりますと、少ない故障状況、故障情報しか紹介されていないにも関わらず、予断で「ここが悪いのでは?」とのアドバイスをされていらっしゃるのを散見いたします。もちろん親切でアドバイスされていらっしゃることですが、ただ間違いなく故障箇所が特定出来ていないなら・・・かつてチェンジニアと揶揄されたやり方です。

 プロじゃないし楽しみなんだからいいだろう、と仰るかもしれませんが、プロもアマも故障修理という目的は同じ。下手に手を下したおかげで元々の故障原因が分からなくなってしまうことや、二次故障(修理をしたおかげで別の箇所が故障)でお手上げ、という懸念もあります。

 DO-SEE-PLAN という仕事の進め方がありますが、こと修理に関しては最初に DO があってはならず、腫れ物に触るようにSEE-PLAN を繰り返して情報収集し、故障箇所を特定してからはじめて DO (部品交換・手直し)しないと、チェンジニアと言われても仕方がないかなと思ったりいたします。

 もうひとつ、先輩から言われていたのは「正常動作を理解せずに異常動作の修理は出来ない」でした。
 表面実装基板など、簡単に部品交換が出来ない装置が増えていることも理解しておりますが、部品単位で修理交換出来る装置もまだまだ現役で使えております。

※以上はFacebook 「おとなの電子工作」グループへ投稿し、削除された投稿になります。
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2022/04/02

ウクライナ人のバイオ研究者のこと

" I was born in USSR."

 僕が生まれて初めて話したウクライナ系ロシア人から聞いた言葉だった。

 10年ほど前、海外の取引先ユーザーが来社する機会があって、世間話でもしようと、僕が自己紹介半分に

" I was born in Asakusa,Tokyo. "

 と言った時に、返ってきた言葉だった。

 僕のつたない英語で分かったことは、そのユーザーさんはウクライナ人であるけれど、カザフスタンで生まれた、ということ。お祖父さんの時代にウクライナから強制連行されてカザフスタンに移住したということ。自分はロシア人ではなくウクライナ人であること。職場はモスクワのバイオ関係の研究所だということだった。
 USSRを知っているか?と聞かれたので、「ソビエト・ユニオン」と答えると、なぜか残念な顔をされた。
 そして、USSRの時代のほうが差別が少なかった。最近ではウクライナ人に対する差別が多くなった、と言う。USSRの時代のほうが良かった、と。

 今、プーチンのロシアによるウクライナ侵攻が大変な国際的問題になっている。プーチンは強かった時代のソ連の再興を望んでいるというが、差別が少なかった時代という別の意味で意味でソ連時代を懐かしむウクライナ人がいることをそのとき初めて知った。

 おじいさんの時代の強制連行されたことを差し引いても、ソ連時代のほうが良かったことをかなり強調して話していた。その後も何度か「差別を受けている」と言っているのを聞いた。

 考えたら、ウクライナにあるチェルノブイリ原発事故の際も、多くのロシア軍人が自分の身を省みず事故処理にあたり、多数のロシア軍人が亡くなっている。これもソ連という共同体があったからこそだろう。

 そのユーザーさんはまだ30代の研究者で、なんでもオープンに話す面白い人だった。ブルーズが好きで、関東での仕事が終わったら広島に寄ってエリック・クラプトンのコンサートに行くのだ、と言っていた。
 もう一人、ロシアのディーラーの方も来社していて、この方はアルメニア人だった。何気なしに中国語版の製品マニュアルを出していたら、中国標準語で漢字を読んでいて驚いた。中国とも取引がある様子だった。

 一日の研修が終わって、ユーザーさん、「これから浅草に行きたい」と言い出す。僕が浅草出身だから案内してくれるとでも思ったのだろうか。ただもう時間が時間だったので同伴は出来ず、それなら二人で行くという。
 翌日、浅草にはトラディショナルなドールがたくさんあった、と言う。おそらく浅草と浅草橋とを間違えたのだと思う。

 昼食になって、みんなで回転寿司を食べに行った。千円もしないセット寿司にものすごく感動していた。ロシアでも寿司はあるけれど、巻き寿司(maki)は安いが握り寿司は倍くらいするのだという。
 ふと、イクラってロシア語ですよね?と聞いたら「そうそうそう!」と喜んでくれて、結局みんなでイクラの軍艦を食べることになった。

 研修最終日、最寄りの駅まで車で送った時には、ウクライナ人のユーザーさんはまたロシアの研究所での差別の話をはじめて、それがなかなか終わらないのでアルメニア人のディーラーさんからたしなめられていた。やはりロシア人というよりウクライナ人としてのアイデンティティがとても強かった。
 最後はロシア語で「ダスビダーニャ」とでも言おうと思ったけれど、結局言えなかった。

 このところのロシアによるウクライナ侵攻は本当にシャレにならない。いったい彼は今どうしているのか気になる。

 ちなみに製品はロシアに直接引き渡すのでなしに、ラトビアに輸出する形でモスクワの研究所に持ち込まれたようだった。

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2021/12/09

M5Stack basic 大容量バッテリーモジュール用シンプルボトムモジュール

ヤフオク(フリマ)で、「M5Stack basic 大容量バッテリーモジュール用シンプルボトムモジュール」という名前で、ボトムモジュールを販売しております。標準のボトムモジュールとの比較はこのようになります。

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700mA/h のバッテリーをスタックして、応用製品 OyaConvM5 として製作・販売しているのですが、なんとかならないかなと思ったことに、

●バッテリーを2つ同時に使用することは出来ないため、バッテリーをスタックする場合にはM5 Stack basic のボトムモジュールに標準で付いている 150mA/h バッテリーを外さないといけない こと

ボトムモジュールは電源端子含めコネクタがむき出しになっているので、机にしまった時に金属(ゼムクリップ,キー、ステープラーなど)と接触するのが心配

ということで、ヘビーな使用に耐えるよう、3Dプリンタでシンプルなボトムモジュールを製作してみました。

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本体にピッタリ装着されます。
側面から見ても、コネクタが完全に隠れていることが確認できます。

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裏面には、6.35mm 強力ネオジム磁石を4個取り付けております。

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付属品として、M3 皿ネジ 20mm ☓2 と、粘着テープ付きゴム足 ☓4 を同梱しております。
3Dプリンタで製作しておりますので多少の積層痕(表面のざらつき)がございます。

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M5Stack basic 大容量バッテリーモジュール用シンプルボトムモジュール」という名前でとりあえずはヤフオク・フリマで販売しておりますが、今後は別の通販サイトで販売していく予定です。価格は、送料・税込みで¥1,500- です。

M5Stack basic で大容量バッテリーを使用されていらっしゃるヘビーユーザーの方は、どうぞよろしくご検討下さい。

ヤフオクのリンクは出品終了と共にリンク切れとなってしまうため、恐れ入りますが、ヤフオク内で「大容量バッテリーモジュール用シンプルボトムモジュール」でご検索下さい。

M5Stack core2 用「M5Stack core2 大容量バッテリーモジュール用シンプルボトムモジュール」も用意しております。こちらは白色のマット地になります。(皿ネジ M3 20mm X2 , M3 23mm X2を添付)

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2021/08/13

新型コロナワクチンと悪夢

 新型コロナワクチン接種後、悪夢を見るようになったという方の話をよく聞くようになりました。自分を含めてなんですが。
 その理由を考えてみたのですが、自分の場合、接種後に高熱が出て、その間うなされながらいろんな夢を見ておりました。なので、いままでは無かった夢に対する関心がなんとなく高まったことで、その後起きた時に夢を思い出すことが出来るようになったのではないかと思っています。
 夢については、Facebook でお友達登録させていただいている方の中にも専門家がいらっしゃるので、勝手な考えを言うのも憚られるのですが。。
 大学在学中には、哲学者の大森荘蔵先生の放送講義を取ることが出来、その中で、「夢を見た。というのは間違いなのであって、夢という純生の体験があるわけではない。夢は、起きた時にそれを想起して話したり記述している、その時がまさに夢を見ているということ。」とおっしゃられていて、ユング派の先生には申し訳ないのですが、講義を聞いてから30年後の今、これを正しいと信じています。
 「なんか夢を見たんだけどなー。見たんだよ。」だけでは語り得なかったということなので、夢を見たとは言えない。「語り得ぬものについては沈黙しなければならない」のヴィトゲンシュタインに繋がってくるという寸法です。
 恩師のユング派の先生も、「夢は相当に意識の関与がある」と述べられていました。思い出そうと思っていないと、起きてからすぐに夢は忘れてしまいますし。
 実は大学在学中は、思い出せる範囲で夢日記をつけていました。夢なんてそんなに頻繁に見るものでもないしなあと思いつつ、とりあえず夢の記録とその時の日常、連想することを記すだけなら(変な解釈を加えないのなら)特に害はないとのことだったので。今でもその日記は鍵付きで保存してあります。
 ところが、不思議なことにいったん夢日記をつけはじめると、結構毎日のように夢を見るようになっていました。夢に対する関心が増すと、夢というのは思い出せるようになるのだなということを実感しました。
 新型コロナワクチン接種後に夢を見るようになった、というのも、高熱でうなされている時に色々な夢を見たので、その後なんとはなしに自分の中で夢に対する関心が高まっていることが原因なのかも知れないと僭越ながら考えております。

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2021/02/11

ロックじゃねえな

学校の音楽の授業は大嫌いで、いつも成績が悪かったのとは別に、中学校あたりから、友達の家でダビングしたテープを聴いていたりして、いわゆる音楽教育と趣味の音楽とは別個の生活を送っていました。そのうち、歌謡曲やフォークからロックを聴くようになり、高校生になると自分でもベースギターを買ってバンドをやるようになっていました。

 いちおう最初は教則本を元に練習はしていましたが、楽譜に頼るようだと「ロックじゃねえな」と仲間内から言われていました(笑)昔のロックやブルーズのプレイヤーというのはだいたい独学でも良くて、型にはまらない独創的な弾き方がどんどん出てきた時期だったので、それがまたイイ!とされたりしてましたので。

 ただ、僕は高校の時に一年間だけ、ブラスバンドに所属してトランペットを吹いてたので、その時は楽譜とにらめっこで演奏してました。今思うと、あの1年は貴重だったと思ってます。
 その後は時々バンドでロック音楽を演奏してましたが、その時には楽譜なんか不要で、まずはとにかく聞いたとおりの音を出して、あとはスケール(音階)練習で覚えたスケールで時々アドリブをかますという程度で十分に「うまいな」と言われるくらいになってました。

 その後、放送大学で文系科目を学ぶ中、共に哲学のサークルに所属していた芸大の作曲家卒という方と親しくなったりしました。ピアノの先生をやられながら現代音楽をやられている、野人のような方でした。でもやっぱり雲の上の存在のようで、自分の趣味の音楽とは別物という感じでした。

 その頃から30年以上が経って、ふとアコーディオンを弾きたい!と思うようになって、アコーディオン教室に通うようになりました。アコーディオンはとにかく最初どう弾いたらいいのかまったく分からない楽器なので、最初のうち、蛇腹の使い方を知るためだけにでも習ったほうがいい、と聞いたためです。

 教室はもちろん楽譜ありきで、音楽の授業を1からやり直す感がありました。ここではじめて、授業としての音楽と、趣味としての音楽が一致したような有様でした。アコーディオン教室は結局1年くらいで辞めたのですが、そこで、多くの音楽大学の在学生・卒業生と出会いました。以前の会社の同僚に、私立の音大卒という方がいたんですが、はっきり言って芸大以外の私立の音大なんて、いざ就職したくても出来ないことが多いし、学費なんてドブに捨てるようなもの、と聞いていたので、まあ、たいしたことないんだろなと勘違いしていたのですが、音楽大学を出て、地味に日本の音楽を下支えしている方たちと出会うことが出来ました。

 いまどきの音楽大学ではアコーディオンはもとより(ただしアコーディオン科というのは日本にはない)キーボード、エレキギターやエレキベースまで、ポピュラー音楽も教えているようです。確か以前にはそんな学校は日本にはなく、深く学びたいスタジオ・ミュージシャンはアメリカのバークレー音楽学院などに行って学んでいたように記憶しています。エレキギターのソロを日本の大学で教えているとか、ちょっと笑っていましたが、彼らにとっては飯の種を習得するため。そのために汗をかかれている方々に、「ロックじゃない」なんて口が裂けても言えないな、と今は思っています。

 譜面というのはあくまで参考程度のもので、解釈によって全然変わるものということも知りましたが、とても便利なコミュニケーションツールであることは間違いありません。ジャムセッションだけで音楽を作り上げてしまう天才でもない限り、着実に練習していくには必要な、言語のひとつなのかもしれません。