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2020/10/17

鬼子母神とアールティ


 ここ一年ほど分からなかった謎が解けました。といっても、間違いに気がついたということなのですが。。

 僕は仏教の鬼子母神にとても興味があって、雄山閣のオンデマンド本を買ったりして自分なりに調べておりました。鬼子母神の別名は訶梨帝母(かりていも)元はインド土着の神様で、元の名はハーリティ( Hariti )。

 近所にインド料理屋がありまして、ネパール人の気のいい店主がやっているのですが、この人はネパール人だけどヒンドゥー。そこで、「 ハーリティ を知っていますか?」と聞いたら、「ああ!アーリティ!ヒンドゥーにあります!」と言いながら色々教えてくれたのですが、どうも良く分からない。インドの神様ですか?と聞くとそうですと答え、それではどんな神様なんですかと聞くと、お線香を持ってきてくれて合掌した手に挟んで、ぐるぐる回してくれる。

 で、どうもヒンドゥーではハーリティはアーリティと呼ばれているらしいこと。お祈りの時にはお線香をぐるぐる回すしぐさをするらしいことまでは分かったけれども、いったいどんな神様なのかはよくわからないままでした。なんか、火までは付けませんでしたが線香まで持ってきてくれて一所懸命説明してくれたので、曖昧なままそれ以上は聞かないままでおりました。

 昨日、そのインド料理屋に行ったので、それじゃ今回はちゃんと確認してみようと思い、雄山閣の「鬼子母神信仰」にあるハーリティの写真をご店主に見せて、これはハーリティですか?と聞いてみたわけですが・・・・この神様は知らないし、どうもヒンドゥーの神様ではなさそうだということが分かりました。そしてまた、ぐるぐる手を回しながら、とても古いことですと言う。乳海攪拌という言葉が浮かびましたが、どうもそうでもないらしい。

 そこで、iPad を持っていたので、Hariti で検索してご店主に見せたところ、ご店主自らキーボードで訂正して打ってくれたその文字は、" aarti " 。検索するといきなり この YouTube 動画が出てきて、妙なる音楽とともにヒンドゥーの神様の前でぐるぐる回る炎が。どうもこれがハーリティならぬアールティとのこと。線香を持って回すしぐさも、この回る炎をイメージしているようです。

 完全に勘違いしておりました(笑)

 謎は解けたのですが、aarti についてはまだ良く分からないので、もう少し調べてみたいと思っております。ちなみに僕が鬼子母神に興味があるのは、法華経信者というわけではなくて、実家が「おそれ入谷」の、朝顔市で有名な鬼子母神にほど近い場所にあったためです。そして、調べてみると鬼子母神の説話(仏説鬼子母経)というのもとても面白い。鬼子母神の成立は二世紀ころのガンダーラらしいのですが、それもまた興味深いものがあります。そのうちにこのブログでも鬼子母神のことを書いていけたらなと思っています。


2020/03/21

キムワイプをマスクの当て布にする

気が付けば我が家のマスクも残り少なくなってきました。
先日、輪ゴムとキムワイプだけで作るマスクを試作してみましたが、見栄えも悪いのでこれは最後の手段として、まずは今あるマスク当て布としてキムワイプを使ってみることにしました。

キムワイプをとりあえず一枚出して、

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マスクの幅に折り、

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マスクの高さにあわせて折り、

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最後にマスクに当てる これだけです。

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付けてみた感触は、ちょっとザラザラしていて、ヒゲが伸びているとジョリジョリしますが(笑)問題ないです。
むしろ、マスクとの間に空間が出来るので、息はしやすいし寒い時のメガネのくもりも少なくなりました。
外出するとマスクの表面にはウイルスが付着している可能性もあるので、長時間は使う場合はマスクを交換したほうがよろしいと思いますが、近所に買い物などでちょこちょこ使う場合には、マスクと肌とが直接触れないので、長持ちしそうです。

あくまで、キムワイプが潤沢にある環境でのハナシなので、不織布さえあれば他はどんな当て布でも良いかとは思います。

追伸:
 作業用の防塵マスクについても実際に付けて数時間試してみました。

 こっちはキムワイプを半分に折るだけで、
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 それをマスク内部に取りつけるだけです
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 数時間、これではんだ付けなどの作業をやってみましたが、息苦しくなく、またマスクを外してもキムワイプはマスクの中に納まったままで動かす必要もありませんでした。今後はこれで煙や粉が出る作業をするつもりです。家の中でしか使いませんし、こっちは限界まで使うつもりです。。。


2020/03/18

36年物 HOZAN のパーツケース

HOZAN 部品箱


パーツケース、右が36年前に買ったもの。左が先日届いたばかりのもの。共に、ずっと品質の高い工具を作っているHOZANというメーカーのものです。
プラスチック製ですが、36年間ずっと、歪みもほとんどなく、仕切り版も全て問題なく抜き差しできる状態で使えていたのはすごいと思います。
さすがに先日、フタを固定するための2つあるうちのひとつのストッパーがバカになってしまい、買い替えて中身を半分入れなおしました。新しいほうはさすがに良く考えてあって、開閉でバカになるストッパーは交換式になってます。
古いほうも、まだ使えそうなので、LEDなどの部品を入れていく予定です。底には今では化石のネオン管のパイロットランプなどが入っています。なんだかこれらを合わせてオブジェでも作りたくなります(笑)
2020/03/12

キムワイプで作る簡易マスク


新型コロナウイルスの感染が広がる中、マスクの不足が懸念されています。

我が家にはまだ備蓄はあるのですが、感染が収まるまでの間に間に合うかが心配です。

理化学用品に、キムワイプというティッシュの一種があります。普通のティッシュと違ってケバが出ないのと、繊維の目が粗いため、ふき取りに適しています。理化学機器や機械の開発・メンテなどにも良く使われていて、ある所には大量に備蓄されていたりします。

というわけで、この記事は、マスクを作るためにキムワイプを買ってくださいということではありません。キムワイプが大量にあるところでは、災害時など、これを利用して簡単にマスクが作れます、というのが本稿の目的です。

このキムワイプ、一枚の大きさがマスクのサイズより一回り大きい程度。これを使って簡単にマスクが作れないか、やってみました。用意するものはキムワイプと輪ゴムだけです。

こんな感じです。(笑) あくまで非常用なのとモデルが悪いので、見た目悪いのはご勘弁ください。

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横から見るとこんな感じです。

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使用資材はこれだけです。

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顔に合わせて輪ゴムをチェインでつないだものを2つ、それとキムワイプのみです。

使ってみると、意外と長時間使え、また横の密閉性が良いので、紙のマスク代わりに十分使えそうです。
輪ゴムも、痛いかなと思っていましたが、自分で調整できるので、さほど耳に負担がかかることもありませんでした。
今回一枚だけでしたが、キムワイプは何枚か重ねて使ったほうが良いかもしれません。
感染を防ぐというより、鼻やのどの粘膜を保護する目的には十分かなっています。

ちなみにこれをティッシュでやってみましたが、目が細かいため、だんだん水分が付着してきて息苦しくなってきます。また、ティッシュは水分が付着してくると破れやすくなりますが、キムワイプは元々水分の付着が少なく、水などの液体にも丈夫なので破れる心配は少ないかと思います。

見た目の悪さは、上から布マスクや紙マスクなどを付ければ、隠せるかもしれません・・・というか、それなら輪ゴムは不用でキムワイプを使い捨ての当て布として使用する形のほうがいいかと思いますが。

本当に馬鹿馬鹿しい発想で、すでにどこかでどなたかが試されているかもしれません。とりあえず、キムワイプをお使いの方でしたら、輪ゴムさえあればすぐに出来ますので、万が一の時に使えるかなと思っております。




2014/07/06

LCC搭乗記

 沖縄へ出張があったので、試しにLCCのバニラエアに乗ってみることにした。通常3万くらいのところ、1/3の1万円程度で乗ることが出来る。以下、レポートしてみます。

 予約は、ネットから。ここで座席の指定まで出来る。非常に簡単だった。逆にネットを使えない場合、予約は難しい。予約を取ってからの便の変更も、多少の手数料を払えばOK。

 搭乗受付は、成田空港の第二ターミナル端にある。
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 至ってシンプルなカウンターだったけれど、出発の1時間前に到着したので何の問題も無し。ただ、搭乗券がスーパーのレシートみたいで、貰ってからしばらくは搭乗券だとは思わなかった。iPad に届いたメールをiPad ごと受付係員さんに渡して手続き完了。

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 搭乗待合は、倉庫を改造したもの。広いけれどほんとに殺風景だ。米軍の家族と思われるアメリカ人が陽気にやっていた。ここから飛行機まではバス3台に分乗して向かう。

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 バスを降り、飛行機まではタラップだ。天気は良かったけれど、豪雨の際はたぶん濡れると思う。

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 機内は狭いけれど至って普通の飛行機。CAのアナウンスは男性が担当。乗客も飛行機に乗ったら落ち着いていて、一安心。離陸前の救命機器の説明は、パーサーさんの肉声プラスCAのおねいさんの実演。テレビが無いからだと思う。

 座席の狭さはこんな感じ。
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 新幹線の指定席よりも狭くて窮屈。ただ、運が良いことに往復で隣の席が空いていたので、体をねじったりしてゆっくりできた。

 沖縄は快晴。33度。この中を、バスなしでターミナルまで歩く。
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 機内食は有料。飲み物は200円から。私は何も買わなかったけれど、軽食もおいしそうでした。

 手荷物は、写真の倉庫を改造した広間で受け取る。外に続くドアには、飛行機で下ろした手荷物を運ぶ車が横付けされ、係員さんがそこから直接手荷物受け渡し場に持ってきてくれる。
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これが以外と時間がかかった。機内持ち込み荷物は2つまでOKなので、出来るだけ機内持ち込みにして、手荷物は作らない方が良かったと思った。

 帰りの、那覇-成田便は、私の周りはアメリカ人だらけ。私の窓側の席にのんびり座っているにいちゃんがいた。自分でも悪いことをしていたと思ったらしく、近づいて私が座席番号「7F」と言っただけで飛び起きてくれた。

 那覇の離陸時には、私の横に中年女性、その隣にさっきの米兵にいちゃんが座っていたのだけど、離陸してからしばらくして、キャンセルで空いている一列をめざとく発見した中年女性。CAと交渉して離れた席のお友達と合流。その後米兵兄ちゃんも離れた席の友達と合流。しばらくは日米座席交換タイムで盛り上がってました。予約の関係で席が離れていたのだろうけれど、キャンセル席を見事に活用して飛行機の座席のアレンジを自主的にやってくれた中年女性パワーに感謝。おかげで帰りは隣の席が空いてくれて助かりました。

 はじめて乗ったLCCだったけれど、特に問題なし。飛行機会社のサービスがぜいたくだなといつも思っていたのでちょうどいい。気になったのは飛行機の騒音が大きいように思ったこと、復路の座席が増設した分らしく、寝ているときに人が歩くとズンズンとアタマに振動が伝わって起きてしまったこと。また、タラップを上り降りしたり、立ったままバスで移動したりがあるので、老人にはつらいかもしれないとは思った。でもまたたぶん、使うと思う。
2014/04/19

コピペ論文

 この頃、学術論文のコピペが問題になっている。

 それを見て思い出したのが、専門学校と大学で書いた卒業論文のことだ。

 専門学校での論文は、論文と言っても、2年間に学んだ内容のまとめ。しかも電気関係の内容だったので、ほとんど自分オリジナルの文章などなく、ある意味コピペだった。記述はすべて手書き。
 グラフも自在定規を使った手書き。分厚い内容で、書き終えたときには達成感はあったけれど、論文と呼ぶにはほど遠いものだなと思っていた。論文作成と言うより写経だったなと。
 ところが、某有名私立大学の理工系、しかも大学院の論文でも、いまどき手書きが必須で、「写経」がまかり通っていた、という告発記事を見ることがあって、なんだかちょっと暗い気持ちになった。

 私は専門学校卒業後、2年半の会社員生活を経て、社会人大学に入り直し、やりたかった勉強が出来るようになった。学部は教養学部。新設校だったので科目も少なく、取れる文科系の科目は片端から取っていた。

 そんな中で、課外のサークルで臨床心理学が専門の先生と出会い、4年次の卒業論文ではその先生のゼミで臨床心理(ユング心理学)に関する文献研究を行うことにした。

 多くの文献(と言っても邦訳ばかり)を読み込んで、山のような引用をワープロでまとめあげ、先生のご自宅で行われていたゼミに参加した。私の番になり、一通りの発表が終わった後の先生の一言は

 「出来るだけ自分の言葉で書いて下さい。」

 だった。

 コピペとまではいかなくても、文献の引用を並べ、そこから自分なりに思うこと、考えることを言い述べることは自分にとってはそれほど難しいことではなかった。しかし、俗な言い方をすれば、結局それは他人の褌で相撲を取っているのあって、先生の要求していたことでは無かった。

 若い学生に対しても、いつも敬語で話す、たいへん人当たりの良い、優しい先生だったけれど、卒論で要求された内容は大変に厳しい内容だった。

 私の他にゼミを受けていた学生は、社会人として保健婦や看護師、教育の現場など、援助職として現場の経験を積まれて来られた方が多かった。そんな中で、私にはそうした体験が無い。自分や、身内の問題をそのままの形で論文にするわけにもいかない。いやいや、名前を伏せて挙げるべきだろうか、などと逡巡し、数ページ書いてはざっくり消す、また構成を考え直す、といった作業の繰り返し。論文は遅々として進まなかった。

 そんな中で更に要求されたことは

 「それは、あなたにとってどんな意味があるのですか。」

 だった。

 これは、更に厳しかった。

 臨床心理は、カウンセラーに取っても自分自身の在り方が常に問われる。カウンセラーは無色透明の存在だけでは無く、高見から人のことを分析するだけでもない。先生の質問はそういう意味でもあった。
 学部の卒論ではあるし、臨床心理の文献研究ではあるけれど、せめてここに来たなら自分にとって意味のある論文を書いて下さい、という要求でもあった。

 卒論ゼミは、4年次に取った。しかし4年次後期にそれまでの私の単位数では卒業のための要件を満たせないことが分かった。もう一年、数単位の取得のために5年目をやることになった。
 卒論については、とりあえず提出してしまえば4年次で終わりだった。しかし、それでは納得のいく卒論を提出することができない。先生に相談し、不合格ということでもう一年、やらせていただくことにした。

 提出した卒業論文は、今読み返すと大したことはないけれど、我ながら結構面白いなと思える視点があったり、何より25年経った今では自分の実になっているところが多いように思う。というか、もしかしたら試練を通した一種の個人的な「通過儀礼」だったのかもしれないとも思う。

 丁寧な指導の下、自分の言葉で、自分のために論文が書けたことは本当に有り難いことだった。

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2014/04/12

STAP細胞騒ぎと無意識的錯誤行為

 STAP細胞の小保方さんの会見を見た。

 仕事で、iPS細胞がらみの装置の開発を断続的にやっていることもあって、4月9日の午後はネットに次々にアップされる小保方さんの会見や質疑応答の内容をテキストで見ていて、その日の夜、YouTube にアップされた録音を聴いた。

 「頑張って研究しています。」という熱意だけは感じられた。ある意味いわゆる精神論。
 「頑張ってますで通じるのは小学生まで。社会人なら結果を出せ。」新人の頃言われたことを思い出した。もちろん、小保方さんにそんなことを言うつもりも資格も私にはない。ただ、今問題になっているのはその結果としての冷徹な科学論文であって、情熱にあふれた、俗に言う精神論ではないのになとは思った。

 と、そこで、以前に読んだユングとパウリの共著「自然現象と心の構造 - 非因果的連関の原理 - 」が読みたくなったので読み返してみた。
 オカルト理論として悪名高い共時性シンクロニシティ)について書かれている本だ。正直言って、今の私にはこの著作でユングが書いた箇所のうち、最後のほうは良く理解出来ない。共時性と真剣に向き合っている人にしか分からないのかもしれないと思う。

 ただ、途中の、ESPや占星術に関する超心理学実験についての記述は今でも非常に良く納得出来る。(第二章)
 ここに出てくる偶然を当てる実験では、実験を受ける人の興味・関心、情動があるとき(特に最初)は当たる確率が高くなる。しかし、それが無くなると確率が低くなるという。
 それだけでなく、ユングに期待されて実験結果を統計処理した数学者にも、統計上の係数を間違えて「占星術に味方する方向」に結果を導き出してしまうという「錯誤行為」があったという。それも正直に述べられている。
 また「実験数が増えるに従って当たる結果が悪くなった」という記述も見られる。怪しげな心理学者として見られがちなユングではあるが、この部分を読むと、ユングが科学や統計に対して至極マトモな考えを持っていたことがよく分かる。

 私は、少々複雑な理化学機器、実験用の計測機器をチームで開発したことがある。私はソフト担当だったけれど、正直ソフトを組んでいる本人にも使っている数式のそのメカニズムは良く分からない。分からないけれど、入力されるデータと出力される結果の関係は予め予想が出来るので、結果の検証は出来る。とにかく他に例がないモノを開発する、ということで、かなりテンション上げて作り込んだ。テストした実験者たちもテンション高かった。
 そうしていざ実験すると、、、いきなりすごくいい結果が出る。みんな大喜び。でも、回を重ねて実験し、みんな冷静になってくると、それほど良い結果が出ないことに気づいた。ぬか喜びである。

 そのときも、「自然現象と心の構造 」を読み返した。そしてなるほどと思ったのだった。

 別に、情熱や関心、テンションの高さが直接物理的に影響を与えたとは思わない。
 問題は、そうした心理状態が無意識的な錯誤行為を起こしてしまうということだ。無意識に欲しい結果が得られる方向に誤りを起こしてしまう。必要ないデータを無意識に拾ってしまったり、逆に本来拾うべきだったデータや過程を何の気なしに捨ててしまったり。統計処理を誤ったり、結果のヒストグラム表示を都合の良いようにしてみたり。
 無意識的なので、本人たちは誤ったことをやっていたという自覚も意識も無い。意識が無いから無意識なのだけれど。とにかくそれでぬか喜びしてしまう。
 その時にはほとほと、データや統計と言っても、そこにはそれに関わった人間の心理的なバイアスがかかっているんだよな、ということを実感したのだった。情熱や関心、テンションの高さが間接的にデータや結果に影響を与えていたのだった。

 翻って小保方さんのSTAP細胞についてだけれど、小保方さんがご自身で未熟だったと言われていることについてはさておいて、「よく考えずに画像を選んでしまった」とか、なんだかそれも「無意識的な錯誤行為」のような気がしてならない。
 記者会見からは、STAP細胞が存在することへのとても高い熱意、テンションの高さを感じたのだったけれど、STAP細胞の客観性、一般の人へ分かりやすく説明するための情熱は、どうも涙に変換されてしまっていたように感じた。

 心理的にも追い詰められて、本当に可愛そうだとは思うけれど、STAP細胞の有無については、とにかく第三者による複数の追試でそれが認められるしかないと思う。STAP細胞があることは信じたいけれど、今の時点で「STAP細胞はあります。」と言い切ってしまった小保方さんが残念でならなかった。

 それにしても、スポーツ新聞や昼のワイドショーで小保方さんの問題がこんなに長々と騒がれるとは思わなかった。福島第一原発の汚染水問題の方がよほど大問題だと思うのだけれど。

(4/9記 4/12訂正加筆)
2014/04/07

娘が父親によく使うハンドサイン

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2013/12/26

サンマが食べられなくなった先生

 「私は、いまだにサンマが食べられないんです。」

 専門学校の授業中、戦争体験談を語りだしたトランジスタ工学の先生が、開口一番にそう言った。30年前に私が聞いた話だ。

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 学徒出陣で陸軍に入隊した先生は、高射砲部隊に配属されたという。高射砲とは、やってくる飛行機を撃ち落とすための大砲ないし機関砲だ。やがて何人もの部下が出来、先生は南方の島に配属された。

 戦いが進むうち、食料も少なく、孤立無援の状態で、昼間はアメリカ軍の爆撃にさらされる。やがて部隊全体が餓死寸前の極限状態になった。その状態で、今まで一緒に戦っていた部下が一人二人と戦死していく。

 そうして戦死していった部下を荼毘に付すのは、アメリカ軍の攻撃が止む夕方から。木を井桁に組んで、その上に亡くなった部下を載せ、火をつける。一日二日ではない。連日だったという。
 ところが、先生が言うには、その焼ける匂いというのが、サンマを焼く匂いにそっくりだったそうだ。私にはあまり想像が付かないが、餓死寸前の極限状態であれば、そのように感じてしまうのかもしれない。

 そんな中、煙の香りに精神状態がおかしくなった部下が、焼いている人の肉を食おうとする。
 「貴様何をやっとるか!」
 自分より年上の部下を、正気を取り戻すまで殴り続けたという。でも本当は、先生も極限状態。食いたい思いを必死で押さえながら、殴り続けていたそうだ。

 やがて戦争も終わり、日本に帰ってきた先生。夕暮れ時、家庭の台所から香ってくるサンマを焼く匂い。誰しもほっとするような香りなのに、先生はその香りを嗅ぐたび、猛烈な吐き気に襲われ、煙から逃げた。戦時中、部下を焼いた時のの体験がそうさせたと語っていた。

 先生はその後、アメリカ行きの船に乗って単身密航し、アメリカで電気回路の設計を学んだ。サンマの体験がそうさせたのかどうかは分からないが、自分が負けたアメリカという国をこの目で見たかったとは言っていた。

 土屋赫先生という(正確には土の右上に点が付く)。我々の頃にはオーディオ評論家として専門誌に記事を書かれていた。とてもオープンな先生で、私達と一緒に球面スピーカを作ったり、教科書が英語だったり、面白い先生だったけれど、ときたま我々を叱る時にはやはり元陸軍軍人だな、と思うようなこともあった。数年前に亡くなられたと聞き、残念でならない。

 色々な戦争体験談は聞いたけれど、土屋先生の体験談は、戦争に参加した兵士の話として今でも最も印象に残っている。
2012/06/01

一段落。でも油断は危険 第二次禁煙140日超過

 禁煙補助剤のチャンピックスを完全に断ってから、約20日。
 なんとなく落ち着いてきて一安心。
 通勤途中とか、食後とか、退社時とか、今まで吸いたくなっていたタイミングでもタバコを欲しいとは思わなくなってきた。一段落かなと思う。

 禁煙補助剤を使った禁煙というのは、やっぱりどうしても補助剤に頼る部分があって、それが今は完全に無くなったので嬉しい。

 今まで補助輪付きの自転車だったところ、フラフラしながらも補助輪無しで自分で自転車を漕ぎ出した感じ。フラフラしながらも、自分で一人前にペダルを漕いでる感覚は嬉しい。

 今は一段落してるけど、今までの経験上、時と場合によって波状攻撃でタバコが欲しくなるはずなので、どうにか転ばないように自転車の運転をしたい。

 情けない例えですが、実際そんな感じです。