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2022/04/02

ウクライナ人のバイオ研究者のこと

" I was born in USSR."

 僕が生まれて初めて話したウクライナ系ロシア人から聞いた言葉だった。

 10年ほど前、海外の取引先ユーザーが来社する機会があって、世間話でもしようと、僕が自己紹介半分に

" I was born in Asakusa,Tokyo. "

 と言った時に、返ってきた言葉だった。

 僕のつたない英語で分かったことは、そのユーザーさんはウクライナ人であるけれど、カザフスタンで生まれた、ということ。お祖父さんの時代にウクライナから強制連行されてカザフスタンに移住したということ。自分はロシア人ではなくウクライナ人であること。職場はモスクワのバイオ関係の研究所だということだった。
 USSRを知っているか?と聞かれたので、「ソビエト・ユニオン」と答えると、なぜか残念な顔をされた。
 そして、USSRの時代のほうが差別が少なかった。最近ではウクライナ人に対する差別が多くなった、と言う。USSRの時代のほうが良かった、と。

 今、プーチンのロシアによるウクライナ侵攻が大変な国際的問題になっている。プーチンは強かった時代のソ連の再興を望んでいるというが、差別が少なかった時代という別の意味で意味でソ連時代を懐かしむウクライナ人がいることをそのとき初めて知った。

 おじいさんの時代の強制連行されたことを差し引いても、ソ連時代のほうが良かったことをかなり強調して話していた。その後も何度か「差別を受けている」と言っているのを聞いた。

 考えたら、ウクライナにあるチェルノブイリ原発事故の際も、多くのロシア軍人が自分の身を省みず事故処理にあたり、多数のロシア軍人が亡くなっている。これもソ連という共同体があったからこそだろう。

 そのユーザーさんはまだ30代の研究者で、なんでもオープンに話す面白い人だった。ブルーズが好きで、関東での仕事が終わったら広島に寄ってエリック・クラプトンのコンサートに行くのだ、と言っていた。
 もう一人、ロシアのディーラーの方も来社していて、この方はアルメニア人だった。何気なしに中国語版の製品マニュアルを出していたら、中国標準語で漢字を読んでいて驚いた。中国とも取引がある様子だった。

 一日の研修が終わって、ユーザーさん、「これから浅草に行きたい」と言い出す。僕が浅草出身だから案内してくれるとでも思ったのだろうか。ただもう時間が時間だったので同伴は出来ず、それなら二人で行くという。
 翌日、浅草にはトラディショナルなドールがたくさんあった、と言う。おそらく浅草と浅草橋とを間違えたのだと思う。

 昼食になって、みんなで回転寿司を食べに行った。千円もしないセット寿司にものすごく感動していた。ロシアでも寿司はあるけれど、巻き寿司(maki)は安いが握り寿司は倍くらいするのだという。
 ふと、イクラってロシア語ですよね?と聞いたら「そうそうそう!」と喜んでくれて、結局みんなでイクラの軍艦を食べることになった。

 研修最終日、最寄りの駅まで車で送った時には、ウクライナ人のユーザーさんはまたロシアの研究所での差別の話をはじめて、それがなかなか終わらないのでアルメニア人のディーラーさんからたしなめられていた。やはりロシア人というよりウクライナ人としてのアイデンティティがとても強かった。
 最後はロシア語で「ダスビダーニャ」とでも言おうと思ったけれど、結局言えなかった。

 このところのロシアによるウクライナ侵攻は本当にシャレにならない。いったい彼は今どうしているのか気になる。

 ちなみに製品はロシアに直接引き渡すのでなしに、ラトビアに輸出する形でモスクワの研究所に持ち込まれたようだった。

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