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2014/01/07

オーディオメーカーの意地

 1984年の出来事だったと思う。私がまだオーディオ機器の修理の仕事をしていた頃、あるオーディオメーカーのプライドを見たことがある。

 時代はちょうど、オーディオ専門メーカーが映像機器を作り始めた頃だった。今で言うピュアオーディオからAV機器へと移行していく時期だった。当時、家庭で動画を見るには、アナログのビデオテープかビデオディスクだった。
 ちょうどその頃、それまで音質が悪かった家庭用のビデオテープでも、HiFi(高音質)の記録が出来るビデオデッキが発売されるようになった。

 そして、とある総合家電メーカー(仮にS社としておく)が作ったHiFiタイプのビデオレコーダーを、P社というオーディオメーカーがOEMとして販売することになった。OEMとは提供元のメーカーが製作した製品を、提供先のメーカーが自社のブランドを付けて売ることだ。

 当時、P社はビデオディスクプレーヤーを作っていたけれどビデオテープレコーダーは作っておらず、S社はビデオテープレコーダーを作っていたけれどビデオディスクプレーヤーは作っていなかった。そこで、お互いがお互いの製品をOEMとして供給しあうことになったのだった。

 仕事先で、そのビデオレコーダーの中身と修理マニュアルを見た私は驚いた。

 通常、OEMと言えば、外から見える外装だけを変え、外から見えない中身はそのままにする。しかし、音声基板(オーディオ再生用の基板)だけがP社製だったのだ。

 修理マニュアルも2冊あり、ひとつはS社で作られたもの。もうひとつはP社で作られた音声基板だけのマュアルが付いていた。
 一般に気づかれにくい中身の一部を変えても、余計なコストと手間がかかるだけ。修理だって面倒だ。当時でも驚いたけれど、今ではまったく考えられないことだ。

 実は当時のS社の音質というのは結構ヒドかった。当時のオーディオ評論家の大多数はメーカーの太鼓持ちばかりだったので、S社製品にはそれなりの評価を下していたけれど、歯に衣着せぬオーディオ評論家はS社の音響技術者は耳が悪いのではないかとまで言っていた。現在ではそうではないと思うけれど、当時は機械的というか、奥行きの無いキンキンした音がS社のオーディオ音質の特徴だった。

 おそらくそれでは、オーディオ専門メーカーとしてのP社の技術者たちのプライドが許さなかったのではないか。
 あるいは、お互いにOEM供給しあった製品については、自社で改良を加えても良いという取り決めがあったのかもしれない。(将来的に全てを自社で生産するためのステップとして)

 いずれにしても、P社のビデオデッキは音声(オーディオ)部分だけがP社製として出荷された。
 P社とS社の間でどんな取り決めがあったかは、一介の修理屋だった私には分からない。ただ実際にビデオデッキの内部を見たときは、P社の技術者たちのプライドと意地を感じたことは確かだ。

 しかし、P社のHiFiビデオデッキの音質がS社と違う、ということは、一般には知らされず、宣伝文句にも載ることはなかった。また、雑誌を見てもP社とS社の音質が違うことを指摘したオーディオ評論家はいなかった。
 今のネット社会なら情報は拡散したかもしれないが、ほとんどそのことは消費者に知られることなく、P社のHiFiビデオデッキの販売台数は伸び悩み、結局生産中止となった。

 メーカーとしての意地とかプライドというのは、実際に開発技術者に会ってハナシを聞いたわけではないので、私の単なる主観であるし思い込みであるかもしれない。しかし、誰にも知られることなく音声(オーディオ)基板に改良が加えられたという30年前の事実は、今語っておきたい気がするのだ。

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